プロフィール

 1945年、戦後の荒廃の中で文化を適した復興を目指してアマチュアのオーケストラ[高崎市民オーストラ」が生まれた。2年後に「群馬フィルハーモニーオーケストラ]と改称してプロ楽団としての第一歩をふみだす。1955年には“群響”をモデルに制作された映画[ここに泉あり」で全国的に注目を浴びる。1956年、群馬県が初の[音楽モデル県」に指定され、1961年には、市民の全面的な支援を受けて高崎市に群馬音楽センターが建設され、これを拠点としてさらに幅広い活動が展開された。1963年に財団法人群馬交響楽団と改称。以後[関信越音楽協会]の設立で全国規模の演奏活動に拡充された“群響”は日本の交響楽団の中で、NHK交響楽団に次ぐ歴史を持ち、日本の交響楽運動の先駆として、地方の音楽文化の普及と振興のために地道な演奏活動を展開し、群馬県の文化の象徴としての地位を確立した。また、全国各地での演奏会など意欲的な活動を展開している。1989年には郷土文化育成に貢献があったとして、(財)石川文化財団ょり山本有三記念[郷土文化賞]を受賞した。
 1994年5月には、[プラハの春国際音楽祭」、「ウィーン芸術週間]から同時に招待を受け、高関健音楽監督指揮のもと、4カ国をめぐる海外公演を実現、各地で高い評価を得た。内外に及ぶ音楽活動が評価され、1994年10月には日本デザインフォーラムより[日本文化デザイン賞]、1995年3月には(財)日本ファッション協会より[日本生活文化大賞特別賞]を受賞した。1995年は創立50周年にあたり、東京浜離富朝日ホールと群馬県内各地でべ一トーヴェン全交響曲連続演奏会を行い、細川俊夫氏に創立50周年記念委嘱作品を依頼するなど意欲的な活動を展開している。
 最近では、定期演奏会や東京公演を積極的に行っており、そのオーケストラとしての枝術・音色・そして何ょりも信頼感を生み出す雰囲気は、聴衆をはじめ各方面から高く評価され、今後の活躍がますます期待されている。

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